2025年春のIVSで優勝したアドバンスコンポジットの登壇者は、社長でもCTOでもなく“社長秘書”。しかも、顔を隠し、社名や名前の明かされない状態でのプレゼンという異例のスタイルだった。これまでのスタートアップピッチにおいては、創業者自らがビジネスモデルや技術を理路整然と語るのが通例だったが、同社はその常識を完全に覆した。 観客を惹きつけたのは、数字でも論理でもなく、“この素材が世界を救う”という圧倒的な信念と情熱だった。素材そのものへの強い確信が聴衆の心を動かし、「技術を語るよりも、信じ切る力が伝播する方が、熱量として伝わる」という新たなプレゼンの可能性を示した象徴的な事例である。

アドバンスコンポジットの創業者・服部淳一氏は、東京大学や京都大学といった“研究者エリート”とは異なり、大学では法律を専攻し、もともとは企業法務の道を志していたという異色の経歴を持つ。しかし、ある日出会った「グラファイトとアルミを融合させた放熱素材」に直感的な未来性を感じ、素材開発の世界に飛び込んだ。 専門知識ゼロの状態から、自らの資金で設備を整え、人材を集めて会社を立ち上げた行動力は驚異的である。通常、素材開発の分野では、基礎研究と製造技術が最も重要視されるが、アドバンスコンポジットの成長は「市場を読む力」や「技術を信じる胆力」によって牽引されており、理系ではない創業者が主導する素材スタートアップの新しい形を示している。

同社の研究・製造部門の中心には、70代のベテランCTO・林氏や製造開発部長・髙木氏といった技術者がいるが、それを支える現場の主力は“高卒の若手”たちである。学歴よりも「素直さ」「否定から入らない姿勢」が重視され、誰もが自由に提案し、トライアンドエラーを繰り返す風土がある。 例えば、技術的に「無理」とされていた素材の組み合わせを、「やったことあるの？」という一言で試してみた結果、実際に新素材が誕生したというエピソードが多数ある。このようなチャレンジ精神と現場力の積み重ねが、10年間で十数種の独自素材を開発し、現在も毎年のように“奇跡”が起きている状態をつくっている。 教育経歴に頼らず、現場の知恵と感性で新技術を生み出すその文化は、成熟期を迎えた日本の製造業においても、新たな組織モデルとなる可能性を秘めている。